2015年4月26日日曜日

引き継ぎ

非公開?のブログにたまにきていただいていた皆様へ、

オフィシャルなブログを別途、公開します。
http://vivo-roku2.blogspot.jp/


あまり更新しないかもしれませんが、お暇な折にどうぞ、、、

2015年2月9日月曜日

久しぶりのウィーン(1):ホテル

ポッカリと2月の半ばに時間がとれたので、冬のチロルに行くこととする。せっかくなので、ウィーンを経由。東ヨーロッパをフィールドとしていた頃は、ゲートウェイとして行き帰りに寄っていたものであるが、近頃はご無沙汰であった。
偏見かもしれないが、オーストリア、そしてウィーンのホテルは値段の割にしょぼい、という印象をもっている。学生のころ、インスブルック大の先生に教えてもらって泊ったウィーンのホテルは、中心から離れた郊外、駅からまたしばらく歩くようなところ、そして隣の部屋の物音が筒抜け。その後、学生宿舎(夏の間、観光客に開放して収入とする)など、安いところを泊り歩くが、これといったところがなかなか。ようやくに、ウィーン西駅から5分ほど歩いた住宅街の中に個人経営のこじんまりしたホテルをみつけ、そこを定宿にしてきた。こうした個人経営の小ホテルは、大手チェーンと異なり味があってよい。ハイデルベルクならここ、ボンならここ、とある。しかしながらいかんせん、駅から遠いことが多い。年をとり歩くのはどうも、、、
というわけで、今回は、空港からのバス便のあるウィーン西駅に隣接して新しくできたチェーンホテルにする。ウィーン西駅はしばらくの間、改修していたが、その工事も終わり、心機一転と思いきや、メインの駅舎はもとのまま。外見はかつてとなんら変わらず、中がショッピング・モールになり、駅の両側に、オフィスやホテルの入るビルを建てるというものであった。
ウィーン着は日曜日。街中の店は休みだが、駅は旅行者の便宜を図るために営業が認められている。駅近ホテルは、駅のこうした施設を使えるのが利点である。というわけで、さっそくに駅中を探索。三層にわたるそれなりの規模のモールではあるが、閉まっている店が多い。もう19時も過ぎたからだろうと思って、店の前の営業時間の掲示をみると、日曜の営業はない。これには驚いた。大きなスーパーはすでに営業時間が終わっており、一方で、旅行客向けの同じ系列の小さなスーパーは、入場制限で列を作っている始末。せっかくの立地が生かされていないし、ニーズにもこたえられていない。古いというか、コンサーバティブというか、優雅というか、、、まぁ、オーストリアらしくてよい。
さて、ホテルである。最近できたばかりということもあり、デザイナーズ・ホテルとまではいかないまでも、それなりに凝った内装。だが、隣の部屋の声が聞こえてくるではないか(ウィーンにはじめてきた時のしょぼいホテルが思い浮かばれた)。そしてまた、洗面台の下がこぼした覚えもないのに濡れていると思ったら、排水管の継ぎ目から漏水!見た目を良くするのも大事かもしれないが、基本的なところをしっかりしてほしい。現在のレートで1万円を超えるホテルでこれなのだから、なんともはや。


2014年9月10日水曜日

富士山Ⅱ

再び富士山麓、河口湖町。明日から実習だが、前の日に現地入り。宿泊するホテルでは外国人がちらほら、ホテル内の案内も英語表記がある。外国人観光客にとっても人気のスポットなのだろう。
8月半ばからポーランド・クラクフでの学会、その後、オーストリア、チロルでの調査と外に出ていて、9月4日に帰国。すぐに軽井沢などにでかけ、ここへ。今月は、この後もすぐに、浜松、富山へと行く予定。どこかにでかけることは好きだが、さすがに寄る年波、大丈夫かとふと不安になる。やらねばならぬことも多いし、、、
チロルは、イタリア側南チロルも含めて、共同研究者のI氏、I氏とレンタカーで見てまわることができた。おかげで頭の中にある古くておぼろげなるチロル像が更新された。なかなかにおもしろい。相当におもしろい。それも当初想定していたテーマとは違う点において。早く発表したいとうずうずするくらいである。
チロルは学生時代に足繁く通った地であり、育ててもらった地でもある。就職後も主たるフィールドにするつもりであったが、中欧の共同研究に誘われ、そちらがメインに。中欧が研究の中心となる中でだんだんとチロルは疎遠となってきた。が、いつかはチロルに戻りたい、専念したいとずっと思っていた。今年度からの共同研究でそれがようやく叶ったわけである。余生?はチロルで、というつもりである。
学生時代にチロル・インスブルック大学のスタッフにはお世話になった。折に触れて訪れてはいたが、今回、大学を訪れるのは13年ぶりとなる。M氏に研究室を訪ねると連絡していたその前日、インスブルックの中心、MariaTheresien St.のTheresian Brauereiという地ビール飲み屋で共同研究者と3人で外のテーブル席に座り注文を待っていた。と、その時に、店の中から、どこかで見たことのある顔、なんとインスブルック大のM氏、向こうもこちらに気づき驚いた様子、互いに駆け寄りハグ、再会を喜ぶ。我々はそこでビールを飲みつつ食事をしようと思っていたが、彼女によるとそこの食事はおいしくないとのこと、ビールだけ飲んで、その後、彼女の家にいって食事をしようと誘われる。むろん異論はない。彼女はもともとHall inTirolというインスブルックの隣町(インスブルックよりも由緒ある街、この町の現在もまた実は面白い!)に住んでいて、何度か行ったことがある。今はインスブルック市内に居を構えている。バスで彼女の家へ。そしてビール、ワインを飲みつつ、夕食をいただく。楽しい夜であった、、、
翌日は、大学へ。M氏に加え、同僚のA氏、そして既に退職された元スタッフでお世話になったK氏もわざわざ来てくれている。昔、学生時代に訪れていた時の話(A氏には、「おまえは毎日、熱心にコピーをしているな」と皮肉られていたものである)、現在のチロルの現況など、コーヒーにApfelstrudelアップルパイをいただきながら話す。最初にあってから20年以上が立つが、こうして受け入れてもらえるのがありがたい。同行のI氏からは、チロルが気に入っているのがわかりましたよ、と言われる。 そうでしょう!

2014年8月13日水曜日

富士山

昨日、今日と、富士吉田。来月、学生を連れてくる下見である。学部3年の時に、地形学の野外実習で訪れて以来か。山中湖の周辺、同じ世代の若者がテニスに興じる横で、火山灰や軽石の露頭を観察、野帳に柱状図を書く訓練をした。参加者お互いに「あれも青春、これも青春」と苦笑していたことを思い出す。
当時も吉田口の五合目までいったが今回も行ってみる。お盆休みもあって人でごった返している。外国人も含めた観光客の増加に、休憩施設、案内板など周辺環境の整備が追い付いていない印象である。世界遺産への登録を契機に、五合目に限らず富士五湖周辺も合わせて、更新が十分にされてこなかった古い観光地が、質向上を図ることができるかどうか、である。
富士吉田の街は、この周辺における中心地として重要な位置を占めていたことが、その商店街の規模からうかがえる。もろんご多分に漏れず、店じまいしてしまったお店も多い。 世界遺産である富士山観光の拠点となっていると考えていたが、どうも観光客はスルーしているようである。観光客向けの店も少ない。
車でくる観光客は直接、個々の観光スポットへ。五合目を目指す観光客、登山客も富士吉田の街にゆっくり滞在することなく、ヨーロッパでよくある山岳観光の麓の拠点となっていないよう。今回、驚いたのは、新宿から直接、五合目に行くバスが日に何本も出ているということである。五合目へのアクセス道路では夏季にマイカー規制をしているが、代わりのシャトルバスの乗り場、駐車場も街の郊外にある。背景には、首都圏からの鉄道によるアクセスが悪いということがあろう。東京方面から大月へJRでも時間がかかるし、乗り換えもある。加えて富士急がノロノロ走るし、登山電車というほどの周囲の光景もない。バスや自家用車で行った方がずっと楽である。アクセスの改善、そして富士吉田がノードとなる工夫が必要であろう。

2014年8月10日日曜日

全員集合

久しぶりの書き込み。前回の「ビール、ビール、ビール」という題の中身が全くない投稿が、いったいなんだったか、、、ビールは毎日のように飲んでいるのでよくわからない。S大の学生らと授業の後に、さいたま新都心のけやき広場で行われた全国の地ビールが集まるビール祭りにいったことか、あるいは科研の打ち合わせを神保町でやった後に御茶ノ水のドイツ。ビールを飲みに行ったことか、、、前者でもあちこちで造られる小麦のビールを試してみたが、後者では、ドイツ、バイエルンのフランチスカナーの小麦ビールの生を飲んだ。今年度から共同研究をする仲間、皆、ドイツ留学の経験があり、でてくる料理の品定め。ビールはうまいが、一杯1700円は高い!
O大学での集中講義から戻ったところ、、、暑い中の4日間はきつかったが、スタッフにもお世話になり、また、気持ちのよい学生らで満足している。彼らも満足したことを望むものである。
遠くの大学にいっている娘が帰宅、そして長男もなんと一か月の実習から戻る。久しぶりに家族全員が揃っての食事、長男の実習の話に耳を傾ける。良い経験ができているようでなによりである。

2014年5月28日水曜日

新しい職場にて

早いもので新しい職場にて2か月が過ぎた。「もう慣れましたか?」といろんなところで聞かれる。国立であれ私立であれ、大学という場の雰囲気、そこで棲息する人々はそう変わらないといえるだろう。

大きく変わった点といえば、
前任校では、朝、お弁当をもって出かけると、夕方帰宅時まで、棟から一歩も外にでない、ということがよくあった。研究室も教室も事務室も同じ建物内にあったからである。現在、研究室も教室も、事務室も、分散した建物にそれぞれある。しかも丘陵の斜面上にキャンパスは広がっているため、起伏がある。ときに息を切らしながら歩くことになる。運動不足解消にはよいかもしれないが、研究室から教室へ、教室から事務へ、最短かつアップダウンの少ない経路を探索中である。

あまり変わらないことといえば、
これまでは自動車通勤であったが、これからは、通常は電車で通勤し、荷物が多くなるときは車で、と思っていた。ところがけっこう車で通っている。中央環状線、山手トンネルを経由すれば、1時間ほどで行けるのである。首都高の朝の渋滞のネックは、5号線の上りと大橋ジャンクションである。が、朝も9時を過ぎれば、首都高の渋滞もある程度緩和されることがわかった。役に立つのは、グーグル・マップのナビである。グーグルは、アンドロイド携帯から位置情報を取得しており、そこから道路における車の速度を計算し、それを情報提供している。最近はやりの「ビッグデータ」の活用というやつですな。さらに、その情報から、2地点間の到達時間を計算し、最適なルートと所要時間を提示してくれる。この所要時間もほぼあてになり、これを頼りに通勤しているわけである。荒川と多摩川をまたいでいくわけであるが、この世界一(人口規模で)の都市の巨大さを実感する。

2014年4月1日火曜日

赴任、そして、お葬式

 この4月より新しい職場に異動することとなった。さいたま市のS大学から川崎市のS大学へである。どうして異動することになったのか、、、3月に何度も開いてもらった送別会などで語り尽くしたので今さら感がある。
今日は赴任の会とガイダンス。国立と私立では雰囲気がずいぶんと異なる。のんびり、まったりやってきた身にとって、予想はしていったことではあるが、適応できるか少々不安ではある。期限までに書類をきっちり提出できるかどうか、ということではあるのだが。
ガイダンスを中途で抜けて、一旦、帰宅の途につく。大学時代の恩師S先生が急死され、その葬式の前夜祭に出席するためである。帰宅後、車にて土浦の会場となる教会に向かう。土浦には少し早めについたので、市中心部に入ってみる。というのも、学部3年次に1年間、土浦に住んでいたことがある。亀城公園近くの某医院の下宿で、面白い経験をした。それはそれとして、土浦の街もずいぶんと変わってしまった、、、
学部3年の時にS先生が赴任され、以降、直接の指導教員ではなかったが、ずいぶんとお世話になった。当時、ブナ帯文化の調査をされており、阿武隈や奥日光、秋山郷、山形など、様々なフィールドに連れて行ってもらう機会を得た。
大の温泉好きで、温泉でなければ泊まる意味がないと、必ず温泉宿に宿泊した。掛け流しの湯槽の脇で寝そべって、たらいで大きな体にお湯をかけていた姿を思い浮かべる(そして、温泉の風呂場の配置を必ずノートに記録されていた)。あれは温海温泉だったか、玄関で打ち水をしているのをみて、ここがよい、交渉してこい、と値切りにいかされた。人と酒を飲みながらの聞き取り、、、お酒を飲んでいてもその日のうちにフィールド・ノートのデータを整理してしまう先生、、、
徒弟制度の下で、見よう見まねで、親方の仕事ぶりをみながら仕事を覚えていく。学問もそんな面があるかもしれない。その意味で、S先生は私の親方であった。親方の恩に報いていない、できの悪い弟子で申し訳ないとも思う。先生より教わった地理学のおもしろさ、楽しさを学生らに伝えていくこと、そしてまた、いわば職人芸といえる先生の調査の手法、それを誰もが使えるかたちで定式化、マニュアル化すること、それが残されたものの使命であろう。合掌。

2014年1月13日月曜日

高校サッカー

 高校サッカー、富山第一対星陵の決勝戦。最初からテレビで観戦しようと思っていたのだが、他のことをやっていて、気づいたときには、既に延長戦。後半終了間際の同点劇とのこと、ライブでみたかった。しかし、延長も終了間際に、富山第一のゴール!富山出身者としては喜ばしい限り。
 対市立浦和などの試合をみてきたが、富山第一は、個々の選手の技術も高いが、戦術が浸透しており、チームとしての完成度が高い印象。個人に頼る市立浦和などよりも明らかに勝っている。こうしてみると、サッカーどころと言われてきた埼玉や静岡などが必ずしも勝てなくなっている。優勝校もけっこう全国に散らばってきており、レベルの平準化が生じているといえよう。
 富山の高校時代、サッカーをやっており、「信じられない!」、「見る影もない!」と家族に言われるが、3年間、県選抜チームの選手であった。京都に遠征に行って、柱谷兄弟がいた京都府代表チームと練習試合をしたことがある。全く歯が立たず、打ちのめされた。かような時代から、よくもここまで、と感慨深い。サッカーの技術や指導に関する情報も全国にあまねく行き渡り、同じような条件で、どこでもサッカーができるようになったということであろう。
 サッカーに限らず、様々なスポーツで、あるいは他の事象においても、地域間の格差は縮小しつつあるのか、あるいは格差は残存、拡大しているのか、興味深い課題である。

2014年1月12日日曜日

 新年もはや10日を過ぎるが、何となく正月気分。
 六本木、学術会議講堂でのシンポジウム「大学教育の分野別質保証に関する教育課程編成上の参照基準:地理学」にでかける。これまで学会にて何度かシンポジウムを行って議論してきたことを踏まえての最終案の提示と議論と言うことである。今やっている仕事に関わるので、どのようにまとめられているか関心があった。言いたいことは山のようにあるが、これまでの議論に参加しているわけでもなく、今更感もあるのでよしておく。ただ、専門外の方がきていて、「地理学の姿がよくみえない」とコメントされていた、その事実は重く受け取るべきであろう。言いたいことは、今の仕事で述べることとしよう。
 学術会議の隣は、国立新美術館。シンポジウム終了後、まだ行ったことなかったので訪ねてみることとする。ガラス張りの概観、中に入ると日の入り込む広く開放感のあるスペース。美術館と言うよりも見本市会場のよう。興味を引く企画展もなく、ミュージアム・ショップなぞをのぞくだけで後にする。六本木あたりは、少し前に東京ミッドタウンの工芸展をみにきた程度。普段は用もないしあまり来ることもない。ぶらぶらしながら、ここもまだいったことのなかった六本木ヒルズへ。展望台へあがろうとしたが、入場料1500円ということで止めておく。日曜と言うこともあって、子供連れも含めてそれなりの人が行き来する。
 帰路、新宿三丁目で途中下車。DiskunionJazz館にて特売500円CDを3枚。タワーレコードにて、最近お気に入りのDustin O'Halloranの"Lumiere"と、渋いジャケのQuentin Sirjacq"Bright Days Ahead"。

2013年12月21日土曜日

忘年会

 昨晩は事務方の忘年会。管理職と言うことで参加する。大宮東口の中華料理屋。食べ放題、飲み放題で2時間3,000円!これでやっていけるのだろうか、と心配になるくらい。店は満杯、アルディージャのK氏をたまたま見かけて声をかける。うーん、今年の状況だと、ここくらいなのか、、、。
 二次会は南銀へと流れる。ここはいつも人でごった返しているが、忘年会シーズンでなおのこと、 狭い通りは、進むのもままならないほどである。カラオケ店に入る。学生らとであれば、知らない曲が多くなるが、ここでは平均年齢は高くお互いに知った曲となる。学部長は少し上、一緒に名曲だ(と勝手に二人で思っている)「プカプカ」を歌う。さすがにこれは皆知らなかった。楽しく酔って歌って解散。

2013年12月3日火曜日

コーヒーミル

 J大が今日は記念日で休み、ということを昨晩、偶然知る。危ないところであった。いつだったか、出かけていったら、学園祭をやっていた。むろん授業はない。逆もあって、授業のある祝日を全く知らずにすっぽかしたことがある(すいません)。自分だけかと思ったら、同僚も同じような経験があるという。一般の社会では通用しないことではある。
 S大は通常通り授業があるので、でかけることはでかける。新宿で、ディスクユニオンJazz館で物色、その後、クラシック館に移動する。ここははじめてである。ビルの8階、思ったより広く、隣に中古オーディオのコーナーもある。店には中高年がちらほら、レコードをパサパサとめくる音がする中、店内を回る。現代音楽のコーナーもあったが、いわゆるポストクラシカルはほとんどない。ピアノのコーナーで、サティを物色。Hakon Audtboの2枚組、1999年、オランダでの録音盤、700円を3割引で購入。
西口ヨドバシに移動し、先週みていたコーヒーミルとエスプレッソ・マシーンとミルク泡立て器のセットを購入。セットはあまりに大きく、送付を頼む。妻には、自分へのクリスマス・プレゼント、ということで納得してもらった次第である。帰宅後、早速コーヒー豆を挽いてみる。カッティング式ではでない細やかさ。香りもよくうまい。

2013年11月26日火曜日

スーラータンメン

J大。S線は5分遅れ、が新宿に近づくにつれ、10分、20分の遅れとなっていく、、、。週に一度の都内だが、ほぼ確実に遅れる。授業には10分の遅刻。都内の大学に通う息子からは、遅れを見越して一時間ほど前に大学に着いているべきである、と言われるが、朝はきつい。
授業の後、四ツ谷駅前から都バスにて若松河田駅、戸山の某所に寄って、Yという中華で昼食をとる。数年前に軽井沢の中華料理屋にてスーラータンメンを食べて嵌まってしまい、メニューにあると必ず注文するようになってしまった。ここYのスーラータンメンは気に入っている。食べていると、回りから、修論がどうのこうの,博論がどうした、との話が耳に入ってくる。ここは早稲田も近いのですな。
再び、都バスで、新宿駅西口へ。 ヨドバシにて、コーヒーミルをみる。現在使っているミルはもう20年以上は使っている。刃が回転してコーヒー豆を砕いていくカッティング式というもので、エスプレッソ向けの細かな挽き方はできないらしい、というわけで適当なものを探してたわけである。ボダムとデロンギを候補としており、まだみていないボダムのミルをみにきた。現物を触っていると、お姉さんにコーヒーを勧められる。Nespressoのエスプレッソ・マシーンはいかがですか、とのこと、隣がNespressoのコーナーであった。いや、すでにもっているので、、、今日はミルの方を探しに、、、と断りつつも、かのマシーンの良さ、お買い得さが語られる。この手のマシーンは、簡単にエスプレッソをつくることができるけれども、専用のポッドを使うことになっていて、それが気にくわない。興味を引いたのは、このマシーンとバンドルされて売られているミルク泡立て器の方であった。カプチーノ用にミルクを泡立てる機能は、現在使っているマシーンにもついてはいるが、難しいし、手入れも大変で、使ってはいない。これなら、簡単にミルクを泡立てられ、手入れも簡単である。この泡立て器だけを買ってもよいが、エスプレッソ・マシーンとセットで買えば、単体で買うのとほぼ同じ価格で買える。セットで買って、エスプレッソ・マシーンの方は職場にもっていって、、、とすっかり買う気になってしまう。後は、我が家の財務省の許可だけである、、、

2013年11月19日火曜日

ブルー・チューズデイー

J大。建物の改修で教室が不足するとかで、後期は希望の時限が割り当てられず、1限、9時15分から授業をするはめに!夜型のものにとって、まさに地獄の火曜日である。学生らも三々五々やってくるし、、、。
 J大からS大へ移動。今日は渋谷経由とする。TSUTAYAでエレクトロニカ、ジャズのコーナーを物色し、Dakota suite、Balmorheaなどを借りる。その後、ディスクユニオン渋谷Jazz館。澤野工房の中古、Thomas Fink Trio"My Romance"とJos VanBeest Trio”Everything for You"をゲットする。ヨーロッパ・ジャズといえば澤野工房で、けっこうあったりする。大阪に行ったおりに、通天閣近くの本社(下駄屋さん!)を見物にいったこともある。
 せっかく渋谷に来たので、楽器屋が点在する駅南の雑居ビルにある渋谷模型を訪ねる。が、店はない。がっくりしつつ、歩道橋を引き返して、東急プラザのレオへ。ここもJTBに入れ替わっている。渋谷模型は、場所が悪かったかもしれない。レオの方は、本国ドイツと同様、メルクリンの愛好者が縮小してきているということでしょうな。

2013年11月18日月曜日

ブルー・マンディー

 土日は試験に会議、しかも大紛糾、というわけで、いつも以上にくたびれた月曜日。お気に入りの音楽でも聴くこととしよう。最近は、Dustin OhallloranのPiano Soloを毎日のように聴く。とりわけ2枚組の2枚目vol.2がよい。耳になじむ心地よさ、そして飽きない。ポストクラシカルに出会ってしばらく立つ。当初は、整いすぎておもしろみにかけるかなと思っていたが、いつの間にかアルバムもずいぶんと増えてきた。GoldmundとかHauschka、、、、、。ポストクラシックといっても、ジャズといっておかしくないものあるし、逆もまたしかりである。要は個々のジャンルがその枠に留まらず、融合しているということだろう。
 
 

2013年7月4日木曜日

調査報告会

 3月に行ったレッズの観戦者調査の結果報告会。調査のアルバイトをしてもらった学生、一般人に対して、こうした調査やプロサッカーそのものの意味、意義を考えてもらう機会を提供してはどうか、というレッズS氏の発案によるものである。レッズのスタッフが3人に、学生1人、一般の方1人、、、レッズのスタッフには興味をもってもらったようだが、学生の少なさはどうにもはや、、、。様々な指標の5カ年の経年変化を示したS氏のプレゼンはなかなかにおもしろかった。定期的なアンケートで繰り返し同じことを尋ねて、、、という思いもあったが、これはこれで意味があると認識できた次第である。
 報告会後、大学前のBにて、S氏、同僚のK氏、レッズサポのT氏、たまたま大学に所用できてつかまった卒業生K氏と会食プラスビール。饒舌なS氏と、1杯が2杯、3杯に、、、終バスにて帰宅。

2013年6月27日木曜日

フレンチレストラン&290円CD

 H市S大学にて、副査として博士論文の予備審査。発表、質疑応答後に、キャンパス内のフレンチ・レストランLにて昼食。東大、京大のキャンパスにも出店しており、ガイドブックにも掲載され、学外からのお客も多いという。実際、今日もしばらく待たされた。ランチは、ビュッフェ形式の前菜、パンに、メインは肉と魚からのチョイス、そしてコーヒー。エキストラのデザートと共においしくいただく。このキャンパスはバブルの時に建設されたもので、やたらと凝って贅沢にできている。このレストランも、前面ガラス張りの窓の向こうに池をのぞみ、雰囲気もよい。ごちそうさまでした!
 食後、乗換の新宿にてタワーレコード。まずは、ポストクラシカルのコーナーにて、ピアノのオムニバスvariations of poanoforte、Hudson, B.(バイオリン)、Klinger, S.(チェロ)、Kruse, J.(ピアノ)によるエストニアの作曲家Arvo PartのSpiegel im Speigel、おまけに290円セールの中からSilencio"When I'm Gone"(読み取りエラー!)。 一階降りてジャズコーナー、ここでも290円セール。ヨーロッパものを選んで、Bojan Zulfikarpasic "Solobsession"、Christian Elsasser"Seemingly"、Mat Colman & Andrew COlman"Colman Brothers"。290円はありがたいが、、、

2013年4月25日木曜日

エスプレッソ

 某会議。あの時、こう言えばよかった、こう切り返せたのに、、、といつものように後から思ってしまうのであった、、、、、。
 さて、長きにわたり埃を被っていたエスプレッソ・マシーンSaeco MagicCappuccino。邪魔だからなんとかしてくれ、という声、いらないのなら大学の部室にもっていく、という声。そんな中、昨年の10月、トリノを訪れ、エスプレッソ、カプチーノを連日飲んでいた勢いで、取り出す。放置していたので、水は吸い出されない、パナレロを挿す相手側バルブのゴム輪が劣化している、、、日本にこのパーツの在庫はなくイタリアからお取り寄せ。向こうにも在庫がなく、届かないだろう、と半分あきらめていたが、こうして古い機種も活かしていこうとするところはさすが。
 なんとか稼働にこぎつけ、イタリアから帰国後は、毎朝晩、暖めたミルクにエスプレッソを流し込んで飲むことが習慣づいた。バナレロでミルクを泡立てるのは難しくて後の片付けも大変なのであまりやりたくはない。一方、この機種はコーヒーを泡立てる機能があり、これでなんちゃってカプチーノができる。これでも、このパンチに慣れると、通常のコーヒーは飽き足らない。イタリアでは、カプチーノは朝に飲むもの、それ以降は、子供が飲むものとのことではあるが。
 近くに珈琲問屋という色々なコーヒー豆をその場で焙煎して売ってくれる店がある。エスプレッソ用のポッドもあるし、生豆もエスプレッソ用に長く焙煎してくれる。色々な豆をあれこれ試しているところである。エスプレッソではないが、珈琲問屋さんには、冬季限定で販売していた「雪灯り」というブレンドをその他の季節でもだしてほしい。あれはおいしかった、、、、、、
  Jan LundgrenのピアノソロThe Man in the Fog、ちょっとセンチメンタル。
 
 

2013年4月13日土曜日

イタリアン

 K大学N氏とM大学O氏と久しぶりにワインでも飲もうと、半蔵門のイタリア・レストラン。新宿通りから一歩入った側道、洒落た店が点々とする一角にある。南イタリア出身のイタリア人がはじめたというお店で、土曜の夜、店内は客でいっぱいであった。前菜、パスタ、メインもどれも凝っていておいしくいただいた。ハウスワインも南イタリア、カラブリア州産、白は若干フルーティでこくがあり、赤もしっかりした、土の匂いを感じさせる複雑な味わい。洗練はされていないかもしれないが、この種の赤ワインは好きである。音楽、サッカー、カメラ、、、と、話に花が咲く。気がつくと11時過ぎ、2人は都心住まいだが、私は荒川を越えていかなくてはならない。3人でワインを4本空けたのだが、2人はこれからさらにまた飲みに行くという!彼らのことだから、驚きはしないが。有楽町線で池袋、最終の埼京線に乗りました、、、「東京は最終が早すぎる」といつものように思いながら、、、。

2013年3月22日金曜日

シンポジウム

 6時よりWithYouさいたまにて、「サッカーと地域社会」というテーマでシンポジウム。午後になってもまだ準備をしていると、T氏より、manabaの説明会の案内が、、、忘れてた!説明会を途中で抜けさせてもらって、大慌てで準備を済ませ、会場へ向かう。
  シンポジウム後の交流会のための飲み物・お菓子の搬入、PC、スピーカーの準備・チェック、、、あっという間に開始時間。マンパワーのない辛さがここにある。心配していた人の入りは上々で、トリノFCのB氏、レッズのS氏、アルディージャのK氏、それぞれの話も面白く、また、会場からの質問も多々でて、さらには、シンポ後の交流会でも話の輪がここそこにでき、まぁ、よかったかな、と思う。

私のデザイン、いかがでしょう、、、