2015年4月26日日曜日

引き継ぎ

非公開?のブログにたまにきていただいていた皆様へ、

オフィシャルなブログを別途、公開します。
http://vivo-roku2.blogspot.jp/


あまり更新しないかもしれませんが、お暇な折にどうぞ、、、

2015年2月9日月曜日

久しぶりのウィーン(1):ホテル

ポッカリと2月の半ばに時間がとれたので、冬のチロルに行くこととする。せっかくなので、ウィーンを経由。東ヨーロッパをフィールドとしていた頃は、ゲートウェイとして行き帰りに寄っていたものであるが、近頃はご無沙汰であった。
偏見かもしれないが、オーストリア、そしてウィーンのホテルは値段の割にしょぼい、という印象をもっている。学生のころ、インスブルック大の先生に教えてもらって泊ったウィーンのホテルは、中心から離れた郊外、駅からまたしばらく歩くようなところ、そして隣の部屋の物音が筒抜け。その後、学生宿舎(夏の間、観光客に開放して収入とする)など、安いところを泊り歩くが、これといったところがなかなか。ようやくに、ウィーン西駅から5分ほど歩いた住宅街の中に個人経営のこじんまりしたホテルをみつけ、そこを定宿にしてきた。こうした個人経営の小ホテルは、大手チェーンと異なり味があってよい。ハイデルベルクならここ、ボンならここ、とある。しかしながらいかんせん、駅から遠いことが多い。年をとり歩くのはどうも、、、
というわけで、今回は、空港からのバス便のあるウィーン西駅に隣接して新しくできたチェーンホテルにする。ウィーン西駅はしばらくの間、改修していたが、その工事も終わり、心機一転と思いきや、メインの駅舎はもとのまま。外見はかつてとなんら変わらず、中がショッピング・モールになり、駅の両側に、オフィスやホテルの入るビルを建てるというものであった。
ウィーン着は日曜日。街中の店は休みだが、駅は旅行者の便宜を図るために営業が認められている。駅近ホテルは、駅のこうした施設を使えるのが利点である。というわけで、さっそくに駅中を探索。三層にわたるそれなりの規模のモールではあるが、閉まっている店が多い。もう19時も過ぎたからだろうと思って、店の前の営業時間の掲示をみると、日曜の営業はない。これには驚いた。大きなスーパーはすでに営業時間が終わっており、一方で、旅行客向けの同じ系列の小さなスーパーは、入場制限で列を作っている始末。せっかくの立地が生かされていないし、ニーズにもこたえられていない。古いというか、コンサーバティブというか、優雅というか、、、まぁ、オーストリアらしくてよい。
さて、ホテルである。最近できたばかりということもあり、デザイナーズ・ホテルとまではいかないまでも、それなりに凝った内装。だが、隣の部屋の声が聞こえてくるではないか(ウィーンにはじめてきた時のしょぼいホテルが思い浮かばれた)。そしてまた、洗面台の下がこぼした覚えもないのに濡れていると思ったら、排水管の継ぎ目から漏水!見た目を良くするのも大事かもしれないが、基本的なところをしっかりしてほしい。現在のレートで1万円を超えるホテルでこれなのだから、なんともはや。


2014年9月10日水曜日

富士山Ⅱ

再び富士山麓、河口湖町。明日から実習だが、前の日に現地入り。宿泊するホテルでは外国人がちらほら、ホテル内の案内も英語表記がある。外国人観光客にとっても人気のスポットなのだろう。
8月半ばからポーランド・クラクフでの学会、その後、オーストリア、チロルでの調査と外に出ていて、9月4日に帰国。すぐに軽井沢などにでかけ、ここへ。今月は、この後もすぐに、浜松、富山へと行く予定。どこかにでかけることは好きだが、さすがに寄る年波、大丈夫かとふと不安になる。やらねばならぬことも多いし、、、
チロルは、イタリア側南チロルも含めて、共同研究者のI氏、I氏とレンタカーで見てまわることができた。おかげで頭の中にある古くておぼろげなるチロル像が更新された。なかなかにおもしろい。相当におもしろい。それも当初想定していたテーマとは違う点において。早く発表したいとうずうずするくらいである。
チロルは学生時代に足繁く通った地であり、育ててもらった地でもある。就職後も主たるフィールドにするつもりであったが、中欧の共同研究に誘われ、そちらがメインに。中欧が研究の中心となる中でだんだんとチロルは疎遠となってきた。が、いつかはチロルに戻りたい、専念したいとずっと思っていた。今年度からの共同研究でそれがようやく叶ったわけである。余生?はチロルで、というつもりである。
学生時代にチロル・インスブルック大学のスタッフにはお世話になった。折に触れて訪れてはいたが、今回、大学を訪れるのは13年ぶりとなる。M氏に研究室を訪ねると連絡していたその前日、インスブルックの中心、MariaTheresien St.のTheresian Brauereiという地ビール飲み屋で共同研究者と3人で外のテーブル席に座り注文を待っていた。と、その時に、店の中から、どこかで見たことのある顔、なんとインスブルック大のM氏、向こうもこちらに気づき驚いた様子、互いに駆け寄りハグ、再会を喜ぶ。我々はそこでビールを飲みつつ食事をしようと思っていたが、彼女によるとそこの食事はおいしくないとのこと、ビールだけ飲んで、その後、彼女の家にいって食事をしようと誘われる。むろん異論はない。彼女はもともとHall inTirolというインスブルックの隣町(インスブルックよりも由緒ある街、この町の現在もまた実は面白い!)に住んでいて、何度か行ったことがある。今はインスブルック市内に居を構えている。バスで彼女の家へ。そしてビール、ワインを飲みつつ、夕食をいただく。楽しい夜であった、、、
翌日は、大学へ。M氏に加え、同僚のA氏、そして既に退職された元スタッフでお世話になったK氏もわざわざ来てくれている。昔、学生時代に訪れていた時の話(A氏には、「おまえは毎日、熱心にコピーをしているな」と皮肉られていたものである)、現在のチロルの現況など、コーヒーにApfelstrudelアップルパイをいただきながら話す。最初にあってから20年以上が立つが、こうして受け入れてもらえるのがありがたい。同行のI氏からは、チロルが気に入っているのがわかりましたよ、と言われる。 そうでしょう!

2014年8月13日水曜日

富士山

昨日、今日と、富士吉田。来月、学生を連れてくる下見である。学部3年の時に、地形学の野外実習で訪れて以来か。山中湖の周辺、同じ世代の若者がテニスに興じる横で、火山灰や軽石の露頭を観察、野帳に柱状図を書く訓練をした。参加者お互いに「あれも青春、これも青春」と苦笑していたことを思い出す。
当時も吉田口の五合目までいったが今回も行ってみる。お盆休みもあって人でごった返している。外国人も含めた観光客の増加に、休憩施設、案内板など周辺環境の整備が追い付いていない印象である。世界遺産への登録を契機に、五合目に限らず富士五湖周辺も合わせて、更新が十分にされてこなかった古い観光地が、質向上を図ることができるかどうか、である。
富士吉田の街は、この周辺における中心地として重要な位置を占めていたことが、その商店街の規模からうかがえる。もろんご多分に漏れず、店じまいしてしまったお店も多い。 世界遺産である富士山観光の拠点となっていると考えていたが、どうも観光客はスルーしているようである。観光客向けの店も少ない。
車でくる観光客は直接、個々の観光スポットへ。五合目を目指す観光客、登山客も富士吉田の街にゆっくり滞在することなく、ヨーロッパでよくある山岳観光の麓の拠点となっていないよう。今回、驚いたのは、新宿から直接、五合目に行くバスが日に何本も出ているということである。五合目へのアクセス道路では夏季にマイカー規制をしているが、代わりのシャトルバスの乗り場、駐車場も街の郊外にある。背景には、首都圏からの鉄道によるアクセスが悪いということがあろう。東京方面から大月へJRでも時間がかかるし、乗り換えもある。加えて富士急がノロノロ走るし、登山電車というほどの周囲の光景もない。バスや自家用車で行った方がずっと楽である。アクセスの改善、そして富士吉田がノードとなる工夫が必要であろう。

2014年8月10日日曜日

全員集合

久しぶりの書き込み。前回の「ビール、ビール、ビール」という題の中身が全くない投稿が、いったいなんだったか、、、ビールは毎日のように飲んでいるのでよくわからない。S大の学生らと授業の後に、さいたま新都心のけやき広場で行われた全国の地ビールが集まるビール祭りにいったことか、あるいは科研の打ち合わせを神保町でやった後に御茶ノ水のドイツ。ビールを飲みに行ったことか、、、前者でもあちこちで造られる小麦のビールを試してみたが、後者では、ドイツ、バイエルンのフランチスカナーの小麦ビールの生を飲んだ。今年度から共同研究をする仲間、皆、ドイツ留学の経験があり、でてくる料理の品定め。ビールはうまいが、一杯1700円は高い!
O大学での集中講義から戻ったところ、、、暑い中の4日間はきつかったが、スタッフにもお世話になり、また、気持ちのよい学生らで満足している。彼らも満足したことを望むものである。
遠くの大学にいっている娘が帰宅、そして長男もなんと一か月の実習から戻る。久しぶりに家族全員が揃っての食事、長男の実習の話に耳を傾ける。良い経験ができているようでなによりである。

2014年5月28日水曜日

新しい職場にて

早いもので新しい職場にて2か月が過ぎた。「もう慣れましたか?」といろんなところで聞かれる。国立であれ私立であれ、大学という場の雰囲気、そこで棲息する人々はそう変わらないといえるだろう。

大きく変わった点といえば、
前任校では、朝、お弁当をもって出かけると、夕方帰宅時まで、棟から一歩も外にでない、ということがよくあった。研究室も教室も事務室も同じ建物内にあったからである。現在、研究室も教室も、事務室も、分散した建物にそれぞれある。しかも丘陵の斜面上にキャンパスは広がっているため、起伏がある。ときに息を切らしながら歩くことになる。運動不足解消にはよいかもしれないが、研究室から教室へ、教室から事務へ、最短かつアップダウンの少ない経路を探索中である。

あまり変わらないことといえば、
これまでは自動車通勤であったが、これからは、通常は電車で通勤し、荷物が多くなるときは車で、と思っていた。ところがけっこう車で通っている。中央環状線、山手トンネルを経由すれば、1時間ほどで行けるのである。首都高の朝の渋滞のネックは、5号線の上りと大橋ジャンクションである。が、朝も9時を過ぎれば、首都高の渋滞もある程度緩和されることがわかった。役に立つのは、グーグル・マップのナビである。グーグルは、アンドロイド携帯から位置情報を取得しており、そこから道路における車の速度を計算し、それを情報提供している。最近はやりの「ビッグデータ」の活用というやつですな。さらに、その情報から、2地点間の到達時間を計算し、最適なルートと所要時間を提示してくれる。この所要時間もほぼあてになり、これを頼りに通勤しているわけである。荒川と多摩川をまたいでいくわけであるが、この世界一(人口規模で)の都市の巨大さを実感する。