2011年7月4日月曜日

研究会

3、4日と、秋葉原ダイビルのS大学サテライトにて昨年度まで科研で共同研究をやっていたメンバーによる研究会。学生に戻って、ゼミで発表をし論評をうけるようなものである。新たな宿題がだされる。3日夜は懇親会、結局2次会まで顔をだし、終電間際の帰りの電車では2駅乗り越して、タクシーでの帰還。

2011年6月29日水曜日

チェルノブイリ、そして福島

 昨日、J大学にて借りたマリーナ・ガムバロフ他『チェルノブイリは女たちを変えた』社会思想社をパラパラとめくる。
 チェルノブイリの事故によって、ドイツも南部を中心に放射能に汚染され、土壌や食品の汚染が問題となっていた。その時の母親ら女性の思いや行動を綴った書である。政治家は、野菜を頬張り安全を訴える一方で、子を持つ母らは、子供を外で遊ばせるのを止めて冷凍食品や缶詰に走る、、、どこかでみた光景、そう現在の日本の光景である。
 チェルノブイリの事故は1986年の4月、私は、その6月から2年と4ヶ月、ドイツ、ハイデルベルクに滞在していた。その間、放射能に汚染された食材を口にしていたことになる。私の指導教員も周りの学生もあまり気にせず、すなわち、多くの人々は、通常の生活をしていたようだが、一方で、リベラル系の新聞が、「今週の放射能」という記事で、何に何ベクレルの放射能が検出されたと記事にしていたし、市民団体が、「食品に含まれる放射能」といった冊子を作って、牛乳やお菓子など、どの銘柄にどれくらいの放射能が検出されたか、どう対処すべきか、伝えていた。多くの「気にしない、気にしてもしょうがない」層と、一部の「危ない、何とかしなくてはいけない」層とに二分されていたといえ、これもやはり、今日の日本、関東における社会の対応と重なる部分があるといえる。
 これまでネットにおける放射能を巡る言説に触れてきた。それを踏まえた上で、当時のドイツにおける汚染の実態と社会の反応を振り返ってみたいと思っている。某所で話さなければならないことになって、その素材集めでもある、、、
 

2011年6月28日火曜日

CD

 J大学での非常勤の日、新宿タワーレコードに立ち寄る。先日、秋葉原で買おうと思っていたBerndt Egerbladh"A BOY FULL OF THOUGHTS"を見つける。これで止めておけば良いのだが、ずっとアルバムを入手しているfourplayの新作LET'S TOUCH THE SKYに手をだす。学生時代にCDプレーヤーもないのにはじめて買ったCD、Bill EvansのWalz for DebbyのSACDを前にしばし迷う。既に、HDtracksにて24bit192kHz板をダウンロード購入しているからである。聞き比べをしてみたいと思ったが、4500円は高い。SACDは止めたが、隣のWalz for Debby完全板なるものを手にとってしまう。さらに、Guido Trio ManusardiのBLUE TRAIN。これはジャケ買い。イタリアンなのに、どうしてジャケの列車はDBドイツ国鉄?
 結局4枚ご購入。

2011年6月26日日曜日

エクスカーション

 実習の一貫として、浦和にてエクスカーション。9時30分に浦和駅集合、中仙道から、県立図書館、文書館の見学の後、かつて地図センターにて地図教室を行ったときのルートに沿って、南与野駅に向かう。久しぶりに一日歩く。
 学生らにとっては日常の生活圏、しかしながら、見慣れた風景の中に、新鮮な発見、驚きがあったという。教室の中だけでは伝えられないおもしろさを、野外では伝えることができるわけで、そこにまた醍醐味があろう。
 思えば、学生時代、先生、先輩諸氏にいろいろなところへ連れて行ってもらったものである。あれは学部3年の時、指導教員となるY先生をはじめとして先生方が阿武隈へ大学のワゴンででかけるのに同行させてもらったことがある。地図を片手に、特に目的地もなく、おもしろいと思ったところで車を止めて写真を撮ったり、そこにいる人に話を聞いたり、、、夕方になると地図の中に温泉マークを探して、最寄りの温泉へ、、、混浴の温泉に浸かりながら、湯船に共に浸かるおばあさんに「ズロースはいつ頃から履いていましたか?」と尋ねるI先生、、、(I先生はまた次の日には、立派な温泉旅館で見事な値切り交渉をして、その宿からスカウトされていた。)皆が楽しんでいた。そうした楽しむ姿をみて、傍らにいる学生もまた興味を持たないはずがない!
 力不足にて教室ではおもしろさは伝えられないかもしれないが、自分の先生らから教わった野外のおもしろさは野外にて伝えられるかもしれないし、伝えたいとも思う。

2011年6月25日土曜日

同窓会

 東京駅脇のサピアタワーにおける学部同窓会の総会へ、学部長の名代として出席。挨拶をさせられる。赴任以前の卒業生ばかりで、知った顔はいない。「卒業生の皆さんのご活躍や同窓会でのご活動に触れることで、在校生は、学部に対する愛着や帰属意識を深めることになるでしょう、、、」などと述べる。と言っても、自分が卒業した大学の同窓会は一度もやっていないなー。
 会の前に、秋葉原のイシマル電気ソフト館へ、澤野工房のアルバムを買いに、、、と、ソフト館はない!本館に行くと既に閉館とのこと。ジャズ&クラシック館の閉店に続く、CDソフトの店頭販売の縮小は、致し方ないのかもしれない。

2010年11月26日金曜日

会議、会議、会議

 午後1時から6時前まで、会議の3連チャン。その合間に、同僚より、来年半年間、ベルリンに滞在することになったと聞く。うらやましいかぎり。行けたならば、クロイツベルクでトルコ料理を食べよう、ということに。実現するかどうか、、、

2010年11月21日日曜日

久しぶりの奈良

 土曜に埼玉スタジアムにてレッズのアンケート調査。当初、10月20日に予定していたが、台風にて延期にしたものである。いつもレストプラザをベースにしている。ここは、各種イベント関係者も出入りする。試合に出ない細貝、田中、原口の3選手がファン向けイベントにでるとかでやってくる。前監督エンゲルスもなぜかやってきて、ドイツ語が飛び交っていた。
 無事に調査を終えて、いつもであれば、試合観戦となるのだが、早々に帰宅し、奈良へと向かう。本日、日曜に学会が開催されるNK大学の一室にて共同研究の打ち合わせがあるからである。NK大学は奈良公園の南にあり、紅葉の奈良公園の中を歩いて向かった。ウォーキング姿の中高年のグループ、家族連れ、外国人観光客、、、日曜ということもあってお寺さん周辺は人が多い。でも少し観光スポットを離れると静かな林間の道となる。大学のすぐ脇にこうした環境があるのはうらやましい限りである。
 帰りは、これもまた観光客で賑わう奈良町界隈を経て駅へ。新幹線にて戻る。